ルアー投げてひたすら巻くを繰り返す
延縄だよ
漁は2週間くらい
躁状態だった俺は「船乗りになりたい」と
退職金で小型一級船舶の免許を取った
いやそんな自由市場じゃないでしょ船乗り
まだ景気がいいほうで東京で大日本水産会主催の全国の漁協の合同説明会があって希望した漁協と話が合えば旅費と滞在費と小遣いもらって漁業研修受けられた
詳しいな
マグロからオバケイカに乗り換える漁師も少なくなかった
沖縄でマグロなんか採れない
採れるよ
身が柔くて美味くないからあんま高く売れないけど
普通に採れるし美味いぞ
豊洲にも送られてくる
取れるが船が19tの氷蔵船
延縄だから釣り上がったらタヒんでるし
そもそもカジキやビンナガくらいしか釣れない
那覇の泊漁港に水揚げするんだが沖縄民はマグロ食べる文化あまり無いらしくメバチやキハダはリゾートホテルに売れるがそんなに高くない
ビンナガはツナ缶になる
たまーに本マグロの200kg級が上がれば空輸で築地(当時)に入れるが氷蔵で釣れてタヒんで時間が経ってるからそんなに高くは売れないらしい

安い
生まれ育ちが北海道で寒いのいやだし
沖縄は旅行で何度か行っていいかなと
あとで聞いたら15万/月+歩合と
宿舎は海員会館
研修の座学は那覇市マグロ漁協
漁具作り
そのうち僚船の水揚げ手伝い
と、なると辻のソープに繰り出すまあ、その前からみんなで飲みに行ってたけど
もちろん公費の小遣いでな
あるときは宜野湾新町の社交街までタクシー飛ばした。赤線な
沖縄マグロ漁協にはいろいろな船がある
出港前の積み込み手伝いもしたがきれいで新しい船や
ビールをたくさん積み込む船もあった
しかし、俺の乗らされた船は最悪だった
船長は沖縄民だが船員4人はインドネシア人の技能実習生
寝床は誰が寝たかわからないベトベト
洗濯機はあるが洗濯する水は海水
体洗うのもポンプで組み上げた海水
マグロ船は食い物美味いと聞いていたが賄いを作るのはインドネシア人だからエスニック、しかも船長が高血圧だから味が薄い
インドネシア人はカタコトの英語しか話せない
船長は漁のとき以外は常にブリッジ
もちろん酒は飲めない
船長は泡盛を寝酒にしてたが
私が賄い作りますよ!!って言えばよかっただけ
甘えんな
賄い作りは給料も増えるので誰でもできない
ほとんどがカジキかシイラ、たまにサメ
サメは危ないし商品価値ないからライン切って捨てる
カジキが上がると上アゴと背鰭、尾鰭が危険なのでノコで切る
八丈島のマグロ船の乗組員が大動脈をカジキの上アゴに刺されて亡くなったりした
船長の息子はあとを継がず船長も病気があってたぶん19tの免状持っている俺に目をつけたのだと思う
しかしからだは塩でベトベト
本マグロなんか1本も釣れない
もちろん携帯も圏外
怪我したら船長が手縫い
ダメなら海保呼ぶ
遠かったら海自
公海なら米海軍に救助を求める
かろうじて本は読めた
台湾沖で俺は諦めた
満了まで勤め上げたらいくらぐらい貰えたの?
月15万な
その環境で15はきっついなぁ
デカいところだと継ぐことも参入も叶わないし我慢してればなあ…
と船長に話した
ちょうど船のリモコンが壊れたので那覇に帰ることに
俺は安堵と現実に引き戻された、夢を失って負けを感じた
救いは船長の奥様も精神を病んでいて私に同情してくれたことだ
もちろん研修生の仲間はひとりも戻ってなかった
九州に帰って少し経ってニュースに驚いた

見づらいけどソースページがリンク切れで
第8光陽丸というのが俺が乗ってた船
インドネシア人は3人だったね
それは大間の一本釣りな
鮮度いいまま豊洲に運べばそうなる
沖縄のマグロはほとんどツナ缶だよ
お前は船乗りに向いてなかったってことだよ
そうだね
いい勉強になったよ
マジ、俺は船長が船の保険狙って燃やしたと思ってる
風俗は領収書必要?
大日本水産会は水産庁の外郭団体だから水産庁かな
なるほど
募集はどこでやってるん?
大日本水産会で2001年にやってたけど今はやってない
漁協単位では募集はあるかもね
小遣いだから領収はいらないよ
ありがとう
今は燃料費も高騰しててどうなんどろう
とりあえず検討してみる
やるにしても一攫千金狙えないと割りに合わないだろな
そろそろ寝るね
やはり自分の部屋はいいね
おやすみなさい


















