日本の友人へ
— THECULTURURALLINK (@AirdropH32161) April 26, 2026
最近、日本語は単なる「文字の言語」ではなく、一種の「情報圧縮システム」のように感じるようになりました。
最初は、ひらがな・カタカナ・漢字の混在は単なる「複雑さ」だと思っていました。
しかし今では、それぞれが特定の役割を持った設計構造のように見えます。…
京都言葉みたいなそのままの意味と真意が真逆の場合もあるし
まあ他国の言葉なんてわからないから日本語だけなのかはわかんないけど
字面の雰囲気ってどういうこと?
読めないならわからないだろ
漢字の発音がわからなくても漢字の意味を知ってるなら文章全体で何を伝えたいのか大体一瞬でわかるってことだと思うよ
それは漢字のおかげだし、その利点は中国のほうがずっと上
日本語が中国語よりも優れている部分はひらがなとカタカナもある点
日本語の良さを語るときに漢字のメリットをだしに使うのは自らの首を絞めるようなものだからやめとけ
他言語に翻訳する場合にはその情報量も展開しなきゃいけないってことかな
言語学者とかも日本語は事実よりも関係性を伝える言語とか言ってるしわりと合ってそう
たしかにそんな役割かも
最近知ったとのことだが、言語を勉強する時には最初に言語の設計理念を知っておいたほうが理解が早いと思う
日本語は途中で意味がわかる場合あるけど英語は後半まで読まなきゃ意味わからん
なぜそうなったかは貴族の文学あたりからの流れじゃないかと思ってるが
ことと事とコトとか
ところと所とトコロとか使い分け出来るの
何が言いたいのかハッキリしろやって、日本語を母語にしない人には思われてそうだけどな
書き手はmatterもthingもreasonも全部「こと」で済ませて、読み手のほうがちゃんと解釈してねって放り投げるのは確かに酷い
俳句とかで使われていた言語って性質が強く残ってる気がする
歴史 地方等海外含む地域差から派生した言語をどれだけ理解できるか
漢字の意味を理解できるかこれに尽きる
俺たちは雰囲気で日本語を使っている
この点は誰もが認める
言語に限らずね
唐や隋の時代は中華のほうが時代の最先端だったから中華から知恵のエッセンスを学習して自分の文化に取り入れた
明治になると欧米列強が時代の最先端になったから今度は欧米の知恵のエッセンスを自分の文化に取り入れた
こうやって日本は自分の文化にだけ固執することもせず、また自分の文化を完全に捨て去って外国文化に染まり切ることもせず
あくまでいいとこ取りするから日本は優れた文化を形成できたわけ
日本語の和漢混淆文は日本文化の一つのアスペクトを反映しているだけ
文化と不可分
優れているだの、劣っているだのっていうのは結果論
その言語に合うように文字を改造していっただけとも言える




















